スクラップ置き場

社会の底辺に生きているニンゲ…ゲフンゴフン、ぬこが書いている文章です。

X・旧Twitterにおける目に見える爆弾

X・旧Twitterでは様々な話題が日夜繰り広げられています。

その中でも、話題にすると面倒な事になるテーマというものがあります。

 

例えば、そういう話を「地雷」という言葉で言い表したりしますが、この地雷という言葉自体がネットスラングで、実際の兵器の地雷で苦しい目にあっている人の事を考慮して使うべきではないという人が結構います。「脳死」とか「人権ない」とかもそうですね。

政治、宗教、争いが起こりやすいスポーツの好みの話など、古くからしない方が良い話題というものがあります。ここにTwitterでは奢り奢られ、AED、痴漢冤罪等、男女論が加わってぐちゃぐちゃの混沌になっています。つい先日は、職業差別が炎上していました。階級論というのは昔から炎上しやすく、社会学の指標で「職業威信度」というものがありますが、職の貴賤を論じていると見なされると、めちゃくちゃ炎上します。その一方、セックスワーカーに対する蔑視は正当化されていたりするので、なかなか難しい所です。

私も、この話題をするのは止めた方が良いかも知れませんが、自分の考えを整理する意味でも一回書いておこうと思いました。

 

他にも、炎上する内容としては疑似科学陰謀論、人を傷付ける風評被害を助長する内容の投稿などがあり、嫌われる要素は無数にあります。

本人が差別的意図、そういう意図で言っていなくても、ちょっとの失言でも燃える可能性があります。特にインフルエンサーとか有名人で影響力が強いと見なされるアカウントが、そうした誤情報や蔑視的な発言をすると燃えやすいです。いつも下ネタしか言わない低俗弱小アカウントが同じ事を言っても燃えない事があるので、立場のある人は本当に気をつけた方が良いと思います。

 

リベラルは、バラモン左翼などと呼ばれコンサバ…つまり保守層から嫌われています。ここには学力とか社会階級の傾斜、就いている仕事の属性等が絡み合っており、古くからのブルーカラーとホワイトカラーの対立等も関係しています。カラーは襟の事で、デニム等を着る肉体労働者とワイシャツを着る事務などが中心の仕事と区別する用語です。こういう対立は本当に根深く、遙か古代から連綿と続いています。奴隷制とか優生思想とかですね。

リベラル層は、日本の政治の腐敗を劣等民族だからとか、いい人だけで国を作りたい等と言いますが、じゃあ自分は高等民族なのかとか、選民思想を振りかざすあなたは倫理的なのか?とか反論されています。

こういうのはメリトクラシー能力主義)と学歴社会が結びついているのです。人は生まれながらに経済的にもそれ以外でも完全な「平等」ではないし、学力も人間の遺伝の要素でかなりの部分が縛られているのですが、それは一種のタブーなので詳しく語られません。(炎上しないように一応断っておきますが、基本的に先進国では人権は皆にあるとされます。更に炎上しないように断っておきますが、全ての人に平等な人権があるべきです)

貧困層に生まれて、知的障害等で知的能力に乏しい人が大学に行くのは困難なのですが、ブランクスレート理論(真っ白な石版理論、人は生まれた時は何も記入されていない白紙状態で、そこに努力で能力が上乗せされるという理屈)を無邪気に信じているような人達が「学力が低い人は努力しなかった怠け者であり、その怠惰の結果、社会的に低い階級の仕事を罰ゲームとして引き受ける必要がある」というカースト的な偏見を内面化しているのです。

こういうのが、左翼がバラモンというヒンズー教の上位層を言い表す言葉と結合してバラモン左翼と言われる所以なのです。これに対してホフスタッターの反知性主義と言う言葉や「B層」という言葉で、右派を批判する人がいますが、これはまさにそういう層がインテリゲンチャになり得ないという事を見落としていて、二重の意味で見誤っていると言えます。

陰謀論者やトランプの再選の可能性が話題になっていますが、そもそもこれらは同じ源泉の問題であり、左派やインテリ層が、肉体労働者や社会的に困窮している人達を軽視している事が原因です。アメリカも北西部と南部では全然、違う類型の人達が住んでいる訳ですが、キリスト教福音派がはじめトランプを支持していたのはこういう側面があります。トランプはこういう層から強い支持を集めています。それを知的に劣っていると批判する事は、むしろ近視眼的であり下策であり、もっと言えば愚かです。

人間は生まれながらに遺伝で能力がある程度は決定される為、自分よりも劣っている人間を批判するのは、まあまあリスキーなのです。努力だけが人間の能力を決定する訳ではないので、相手が馬鹿だと言う批判が、全く通用しない局面はあります。(馬鹿は罵倒語で批判ではないというご批判があるかも知れませんが、ここで言いたいのはそういう事ではなく、相手の知能、見識が劣っている事を努力不足であると主張する事のナンセンス性です)

この知的傾斜の問題、メリトクラシーの透明化が、現代に残された最後の差別だと言う人もいます。ウサイン・ボルトのような人物の能力が遺伝に起因している事に皆が賛成するのに、知的能力に関してはそれが適用されないと見なす事はナンセンスであり、結局、これは知的階級が自己の地位や名声を永続化したい為に掘り崩さない幻想なのだというのです。

 

アメリカの北西部と南部では寿命が20歳近く違うとか色々と補足情報は無数にありますが、書いていると書き切れないので、この変で割愛して終わりにしたいと思います。